夕日と山の涼風

社会人になって何年目かの夏、友人3人で富士五湖めぐりをした。

くだらない話をしながら、野郎3人の車内はバカバカしいくらいに明るい。

途中ボートにのり、のんびりと波に揺られながら傾きかけた太陽を浴びる。

ゆらゆらと落ち着かないボートに寝そべって目を閉じる。

「あー、このまま時間が止まんねーかなー」

去年の忘れ物のような鬱憤を、深呼吸と一緒に吐き出す。

 

やがて俺たちは、最後の湖へ到着した。

燃える夕日が山影に接しており、夏の日の終わりを告げている。

そこですかさず俺は提案した。

「とりあえず夕日に向かって叫ぶか」

3人で笑いながらジャンケン。

「まじかよー。マジで言うの〜?!」

ためらう友人をたきつけて、ニヤニヤと笑う俺。

 

幾度かの無駄な抵抗の後、覚悟を決めた彼はオーソドックスにこう吼えた。

「バッカヤローーー!!」

すると期せずして、彼方から少年らしき声が叫び返してきた。

「頑張れよぉ〜〜!!」

思いもよらぬ声援に沸く3人。

どうやら声の主は、家族連れのようだ。

 

既に意を決した2人目は、あまり間をおかずに続く。

「幸せになりたぁ〜〜い!!」

すると、また少年は声の限りに叫び返してくれた。

「なれるよぉぉ〜〜!!」

彼は手を振りながら、大声で少年のエールにこたえた。

 

今度は俺の番だ。

既に一仕事終え、2人は目線で俺を促している。

なんて吼えるか、まったく思いついていない。

だんだん焦りを感じてきた。

山あいの太陽は、もうじきすっかり姿を隠してしまいそうな勢いだ。

 

「俺はもういいよ。」

「な〜に言ってんだよ。いいからやれよ。」

そりゃぁそうだろう。

だって俺が言い出しっぺだ。

腹をくくった俺は、真紅の太陽に向かって坂本九のあのフレーズを叫んだ。

「涙君、さよなら〜!!」

 

一瞬の沈黙。

少年のエールはこない。

と、さっきよりもためらったような調子の少年の声が響いた。

「また来るよ〜!!」

太陽は沈み、みな上機嫌だった。

 

中生で互いの健闘を称えあう。

山中湖に住む友人と分かれ、道志の真っ暗な帰り道。

ふと車を止め、ヘッドライトも消して、俺たちは完全に闇に埋もれてみる。

涼やかな山風。

ぎっしりと満天の星空。

山の香りが車の匂いと交じり合っている。

どれほどか、時間が経った。

「さて、行くか」

免許のない俺のために、友人はキーをひねった。

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