涙のバースデー
子供の頃は、誕生会なんてものが良くあったりする。 みんなでお菓子を食べたりゲームをしたりして楽しく過ごす。子供にとっては大きくて楽しいイベントの一つだ。仲の良い友達や、時にはそんなに仲良くもない友達に呼ばれて、プレゼントを持ってお邪魔したりしたものだった。 小学校5年生の俺は、それまで誕生会に呼ばれたことはあっても呼んだ事が無かった。誕生日はいつも家族と過ごしていたため、みんなと同じように誕生会を開くことにあこがれていた。友達と一緒に楽しみながら、誕生日を祝ってもらってみたかった。 この願いは11歳の誕生日で叶うことになった。かねてから切望する俺に、母親が誕生会の開催を承諾したのだ。早速俺は普段良く遊ぶメンバーに声をかけて、当日来てくれるようにお願いした。誕生会は子供の大好きなイベントだ。みんな二つ返事でOKしてくれた。 それからというもの、一ヶ月も前から誕生日が待ち遠しくて待ち遠しくてしょうがなかった。母親もたくさんの子供を招くのは初めてだったので、当日のお菓子や食事のプランを決めるために、料理の本などをパラパラめくって備えていた。普段はこういうことにあまりクビを突っ込んでこない父親も「アイスクリームで出来たケーキ買ってきてやるからな」と、一役買ってくれていた。
夏休みを目の前にして小学生の心は軽い。毎日忙しく遊びながら、誕生日はあっという間にやってきた。 皆どこかで待ち合わせのか、ほぼ同時にやってきた。さぁさぁ入ってと2階の子供部屋へ通す。本当は兄と共用の部屋だけど、今日は特別だ。母親が「みなさんいらっしゃい」とジュースとお菓子をもって来た。みんなはプレゼントを渡してくれた。俺は有頂天だった。 計画では、最初ジュースやお菓子を食べながらみんなで遊んで時間をある程度つぶし、その後ケーキが登場。ろうそくの火を俺が吹き消してみんなは拍手。ケーキを食べながらまた遊んで、夕方にちょっとおなかがすいてきたら軽い食事とスイカを出して、ころあいになったらお開きにする予定だった。 ので、到着早々「ケーキは無いの?」とリクエストされたが、「あとで出てくるから遊んでようよ」と皆を促した。 問題はゲームだった。 当時家にはファミコンなどなく、あるものといえばオセロ・将棋・推理モノ・トランプの類で、人気の高い人生ゲームもなかった。唯一虎の子の「日本特急旅行ゲーム」があったのだが、これは結構面白かったので最後の盛り上がりに使用するつもりだった。 ので、「日本特急旅行ゲーム」を見つけてやりたがった友達に、それは後にしてトランプでもやろうよと持ちかけた。それ以外、多人数で出来るゲームが無いのだが、小学生にはトランプのウケはあまり良くない。ルールが分からないと渋る友達に、それでも俺はルールの説明を始めた。
場が盛り下がり始める音が聞こえていた。内心あせりながらも、必死で笑顔を保って説明を試みる。しかし子供は正直で、残酷だ。友達の一人が「なんかつまんない」と言い出した。トランプの説明を聞いている奴はもういなかった。他の友達が言った。「つまんないから帰る」 俺は動転して、それじゃあやっぱ「日本特急旅行ゲーム」をやろうよと持ちかけた。計画は崩れるが、背に腹は変えられなかった。しかし、「日本特急旅行ゲーム」でさえも雰囲気を覆すことは出来なかった。また別の友達は、予定に無いはずの塾に行くと言い出した。 そんなちょっとまってよ、ケーキ食べずに帰るなんて言わないでよと、1階の台所にいる母親に大至急ケーキをお願いするため階段を降りていった。しかし、母親に計画の変更を告げている間に、数人の足音は階段を下ってきてしまった。 「あらあら、もう帰っちゃうの?ケーキ食べていかないの?」と訪ねる母親に「お邪魔しましたー」とだけ言って靴を履く友達。きっとすがるように見えたはずの俺の目線に、当時の親友は「わりい」と気まずそうに謝って外へ出た。小学生時代の友情は、集団心理には勝てなかった。 ドアの外で皆を見送り、俺は一言「ごめんね」と謝った。
呆然としていた。こんなはずじゃぁなかった。 まだろうそくが刺さっていない、いつもより大きなケーキも、トマトやキャベツを押しのけて冷蔵庫で冷えているスイカも、母親が気合で初挑戦した特製チキンライスも、全てが悲しい音楽を奏でているみたいだった。 「これはきっと泣くな」と俺は自分で思った。でも意外に涙は出ずに、ただ力なくへにゃへにゃと座ってしまっただけだった。自分で自分が妙にかっこ悪く滑稽に見えて、本当はどうしようもなく落ち込んでるくせに「あーあ!みーんなかえっちゃったー。」と、少しふざけた風に元気を装っていた。 俺の心を見透かしてしばらく無言だった母親は「まぁ仕方ないよ」と元気付けたが、その声は耳に入って来なかった。夜、ゲームで遊ぼうかと誘われたがその気になれず、眠れないままに布団にもぐりこんだ。 結局これが、最初で最後の誕生会となった。
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