神が降りた夏

その夏は、母校が2度目の甲子園出場を果たしていた。

 

俺は応援にも行かず、気の合う友人の車に乗って窓の外を眺めていた。野郎二人、能登半島を目指して気楽な車の旅だ。

退屈な市街地を抜け、本州のど真ん中の山道を越えるとそこは日本海。太平洋とは違った景色の海岸に、車をとめてしばしの休息。開放的な気分に心が洗われ、ぽつりぽつりお互いの近況を話してるうちに、いつしか告白めいた気分でそれぞれの恋愛談義に花が咲いていた。

ふざけ半分で各々の恋愛を煽りあうのは楽しい。互いの恋愛が上手く行くことを想定して、宿の夜も酒が進んだ。留守番電話のメッセージを聞いて返答のメッセージを入れ返す俺を見て、「上手く行ったも同然じゃん」と友人はにやけた。「そんなこと無いって」と否定しつつ、俺もにやけていた。

 

彼女と知り合ってからは、随分時間が経っていた。

夜を明かして電話で話すことも多く、少なくとも恋愛感情抜きでは仲が良かった。ただ彼女には好きな人がいたため、それ以上の関係に入る余地がなかなか見出せないでいた。

状況が少し変わってきたのは、彼女がその好きな相手と切れてからだった。もう彼のことを考えるのはやめるという。

チャンスだと思った。

電話の回数も増え、留守電のメッセージを交換するようになり、共有する時間はただ楽しかった。ただ漠然と、上手く行くんじゃないだろうかと期待していた。

この夏の旅行の間、彼女は実家に帰省していた。お互い帰った後、一緒にどこかで食事をする約束をしていた。何もかも順調だった。

 

目的地の輪島の朝市をぶらついて輪島塗の説明を聞いた後、金沢に向かうことになった。

旅を満喫し、食事も上々。金沢入りの時間が遅く車中泊になったものの、機嫌よく足を投げ出して寝息を立てた。

翌朝、早めに起きだして金沢の公園を散策することにした。

入園料を払って見回すと、随分大きな公園だ。手入れの行き届いた庭園に感嘆しながら歩いていると、池の手前で友人が「前を歩いている女の子、似てるぞ」とからかってきた。

ほう、どんな子だろうと、指差す方向を目で追った。はっきりと認識したのと全く同時に友人が腕を引っつかんで、強引に背を向ける格好になった。

 

彼女だった。

見たことの無い服で着飾った彼女は、考えるのをやめたはずの彼と一緒に歩いていた。

そろそろと横目に見てみると、やはり間違いなかった。

もはや言葉も無く、散策は中止となり旅は帰路の一途をたどることになった。

にわかに血の巡りが悪くなった頬が、少ししびれていた。

 

気の毒な友人の助手席で、こんな偶然もあるものかと考えていた。

あの広い公園の中、世界中唯一のこの場所この時間でしか起きない偶然の神秘と、自分の身に降りかかった現実を反芻していた。

いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。

そういえば、公園のあの小高い松の梢に俺は神を見た。そんな気がしていた。

 

その日の夕方、母校は3回戦で甲子園を去った。

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