気合その4 「挨拶」
おっす。塾長だ。どうやら徐々に聴講生も増え始め、俺としても喜ばしい限りだ。どんどん友達や仲間も巻き込んで、共に上達をはかってくれ。 俺がつい先日の恥辱に悶々とした日々を過ごしていたところ、俺の部屋の黒電話がじりりんと鳴った。こいつは1世代どころか3世代くらいは昔の骨董品に近いが、最近の電話に無いずっしり来る重みと、いくら叩きつけてもネを上げない根性が気に入っている。 まぁ俺に電話がかかってくることなどそうは無いのだが、いかぶしげに受話器を取るとなんとも不愉快な声が聞こえて着やがった。 「あ、じゅくちょッスか塾長ッスかぁ?どもいつもお世話になってますタニグチでっス。あの先日ジョジョ20冊キャンセルされたときにお金頂きっぱなしで塾長でてっちゃったンスけど、どうしましょっか?」 さっそく財布を確認してみた。すると俺の人生の師、福沢先生が一人いらっしゃらない。むぅん、俺としたことが怒りのあまり我を忘れるだけでなく福沢先生も忘れてしまったようだ。 「解かった、取りに行くから預かっといてくれ」 俺の財布に唯一の福沢先生をこんなことで失うわけにはいかねぇ。俺は部屋のドアにかぎもかけずに夕暮れの街に飛び出した。おうよ、肩で風切ってな。 程なくしてこの界隈に唯一の本屋、マルサン書店が見えてきた。店のドアをガラリと開けると、当のタニグチはカウンターでふんぞり返って携帯で電話していやがる。俺が目の前に現れると「ちょっと待て」を大げさにジェスチャーで表現し、なにやら早口でしゃべってやがる。どうやら電話の相手は女だ。 すると突然タニグチは受話器を手のひらでおさえ、 「塾長、合コンこないッスか?可愛いコくるっスよこれはもう来るしかないッスよちょうど人数足りなくて困ってたンスよお願いシマすよ」 とのたまいおった。ななな、なにぃ可愛いコだとぉぅ?イヤ、こんな野郎の口車にのっちゃぁいけねぇ、俺は硬派だそんなものに興味はねぇ。ってあれ、なんでこの俺様が指でワッカなんぞ作ってOKサインなんて出しているんだ!この指め、指め、ええいこうしてくれるわ! ということで俺は甚だ不本意ながら生まれて初めて合コンなるものに参加することになってしまった。
これまた甚だ不本意ながらタニグチごときと肩をならべてのれんをくぐると、タニグチは小走りに店の中を確認した。 「塾チョ、こっちッスこっち!!」 急な階段を上って座敷を上がると、たしかに向こうに女性が二人ばかり見える。俺は急に小用をもよおしたことにして、その旨をタニグチに告げた。なにせ急に家を出てきたモンだから、一応髪型をチェックせずには不安で会話もままならねぇ。俺は少しばかりハミ出た鼻毛を引きちぎり、ぷぅっとそいつを吹き飛ばすと颯爽と便所の扉を閉めた。 席に向かうと早くもタニグチがくだらねぇ話題で盛り上げていやがる。まぁここは仏頂面をしていてもはじまらねぇ。俺は相好を崩し、 「いやぁ盛り上がっとりますな」 と会話に加わろうとした。が、ふと見るとどうもタニグチがニヤニヤ話し掛けているおねいちゃんに見覚えがある。っていうか、こないだの英会話に勧誘してきたおねいちゃんじゃねぇか!そして隣の茶パツのおねいちゃんはというと、俺が前回一言も発することが出来なかったあのテレビの向こうのアメリケーンだったりするのであった。 俺が現状を把握するよりも早く、勧誘おねいちゃんは「先日はどうも〜」と話し掛けてた。俺はタニグチを恨む間もなく、「いやぁお恥ずかしいところを見られてしまいましたな」などとその場を取り繕うだけで精一杯だった。 「この娘、名前はゾーウィー(Zowie)って言って、去年から日本にきてるんですよ」 「ほほう、それはウルトラ兄弟の長男みたいな名前ですな」 場は一瞬引いたが、俺はヤケにも近いペースで梅割り焼酎をあおり、血中アルコール濃度の上昇曲線は徐々に俺の気を大きくした。俺は、たいして会話には参加しないがたまに通訳してもらってニコニコしているZowieとの会話を再挑戦してみることにした。 「ナイス トゥー ミーチュー マイ ネイム イズ ジュクチョー」 「Nice to meat you, you speak better than before.」 彼女はニッコリ笑い、タニグチと勧誘おねいちゃんはクスクス笑ったが、俺には最初の「ナイス トゥー ミーチュー」(Nice to meat you)から先がイマイチ理解できなかった。が、意思の疎通は図れたのだ。細かいこたぁもとより気にしねぇ上に今回は酒まで入ってやがる。俺は調子に乗り始めたね。鼻の穴ピックンピックンさせながらよ。 「ドゥーユーライク ジャパン?」 「Very much I do. Nice people, nice food, I love Japanese culture.」 とりあえずイエスとは言わなかったものの、ベリーマッチっつーんだから多分よっぽど気に入ってるんだろう。それからナイスピープルとナイスフードってのもわかったぞ。日本食が好きなんだろう。うんうん、そうかそうか。 ってな具合に、時にはちょいとした勘違いもしながらもどうにかZowieとの打ち解けた会話が成立したのであった。 が、俺が膀胱が悲鳴をあげて梅割り焼酎を体外排出してくれと哀願したので、便所でその願いをかなえた後のことだ。手を洗い、ドアを出たところで女性用の方にZowieが並んでいた。俺は前回の雪辱をいざ晴らさんと 「ハイゼア」 と微笑みかけた。勝ち誇ったようにニンマリとな。すると彼女は 「Hey, how're you doing?」 とニコっと笑った。むむむ、ちょっとかわいいじゃねぇかなどと思う間もなく、俺はまた不本意にも硬直してしまった。 またしても前回と同じパターンだ。俺だって「ハウアーユー」は知っている。俺の中学の時は、先生がこういったら生徒は「アイムファインサンキュー アンドユー?」と答えるのだ。そして先生が「アイム ファイントゥー サンキュー。スィットダウン」といったら生徒は座っていいのだ。 が、最後の「ドゥーイン」はいったい何者なのだ!?もしかして「あなたはどのようにおこなっていますか?」という質問なのか?もしや、日本男児の用の足し方を聞いているのだろうか??・・・ が、ほどなくして女性用のトイレが空いたので彼女は「later」と中に入っていった。俺は救われたような気分で席に戻り、酔いのすっかり覚めちまった体に再び梅割り焼酎を注ぎみ始めた。
っつーことで、またまた前置きが随〜分長くなっちまったが、今回は定番の挨拶についてだ。はっきり言って俺が思うに、日本の教科書で習うような挨拶「how are you」や「hello」なんつーのはあんまり日常使われねぇ。無論これらもヨユーで通じるが、挨拶で困るのは自分が挨拶をしたときでなく、大抵”挨拶をされたのによく解からないとき”だ。 そして定番日本人としては、ここでまた硬直しちまう。こんな物ぁいちいち考えるこっちゃねぇと解かっていても、慣れないうちはどうしてもうまくいかねぇモンだ。とりあえず、初めて会ったときなどの特殊なシチュエーションは置いといて、定番の軽い挨拶には大きく分けて2種類ある。「なに?」系(what〜)と「どう?」(how〜)系だ。 まず「なに?」系として筆頭に上がるのは「What's up」だろう。意味的には「なんかあったかい?」のようなものだが、しばしば大した意味も無く「Hi」のように気軽な話し掛け言葉として用いられる。例えば 「Hey, what's up man」 のようなカンジだ。これまでの講義の受講生ならもうわかるだろうが、発音するなら丁寧に全ての単語を読んだりせずに 「ヘーィ ワッツァップ メン?」(”プ”はほとんど発音せず) と、思いっきりアメリケーンにいこう。最後のmanは前回の講義にあった意味なしの韻だ。この”man”は”buddy”(友達)や”brother”(兄弟)に置き換えてしまっても構わないし、実質的な意味は変わらないと言えば、なんとなくニュアンスが伝わるだろうか。ちなみに、女性はこれらの語尾はつけない方が無難だろう。 また他に、もう少し”何かがあったかどうかを知りたい”というニュアンスを伝えたいときは「What's new?」などを使ったりもする。基本的な意味合いは同じでも「What's up」は聞き流してOKなことも多いが、これを聞かれたときには何か言うべきことの有無をきちんと伝えたほうがいいだろう。 で、「なに?」系の挨拶への答え方だが、基本的に「なに?」と”物事”について質問しているわけなので、返答も”物事”になる。つまりは重点をおくのは「名詞」だ。 何か相手に話したい物事があるのならそのままその内容を伝えればいい。が、頻出するこのテの挨拶の度に話すネタがあるのはまれだ。そういう場合の返答は 「nothing special」 「nothing much」 のように、”話すべき物事がなんにも無ぇ”と告げることになる。無論「I didn't get〜」のように一文を構成して説明してもOKだ。が、簡潔な返答パターンとしては覚えておくと便利だ。以前の講義で触れた、苦手な輩のための発音のコツを適用すれば 「ナッティン スペシャル」(”ペ”に気合をいれ、最後の”ル”はほとんど発音しない) 「ナッティン マッチ」 となる。まぁ、このあたりの挨拶が自然にできるころにはthも比較的自然に発音できるようになっているだろう。たぶんなってると思う。なっているんじゃないかな。まちょと覚悟はしておけ。(さだまさし談)
次に「どう?」系だが、日本でよく習う「how are you?」は驚くほど使わることが少ねぇ。代わりに圧倒的に多いのは「how are you doing?」だ。ちなみに意味合いは両方全く同じで、丁寧に言えば「御機嫌いかがですか?」だし、くだけて言えば「どうよ、調子ィ?」という感じだが、大した意味合いも無く挨拶代わりに使われることも多い。 これは知っていると、知らない人の前で使ったときに非っ常〜にカッコよく聞こえるしアメリケーンを相手にしても非常にナチュラルなので要チェックだ。発音するなら 「ハワユドゥーィン?」(ドゥのあたりを軽く強調) となる。些細な違いで効果は大きい。 また、もう一つ「どう?」系の双璧をになうのが「how's it going?」だ。これも意味的には大差なく「調子はどう?」とか「その後どうよ?」といったカンジだが、主語がitになっているため答える時には主語はitになる。 基本的に「どう?」系の質問に答えるときは、物事が「どのように」運んでいるのかを説明する。つまり重点を置くのは「副詞」や「形容詞」だ。一文を持って返答する場合には、質問の一部を流用して 「I'm doing great.」 「It's going fine.」 でいい。また、何か相手に伝えたいようなニュースがある場合は「なに?」系の場合と同様いきなり本題に入っても構わねぇ。しかし不慣れなうちはなかなか相手の言っている一言一句に注意を払うことが出来ねぇもんだ。 ここで便利な返答を紹介しよう。それは「Pretty good.」だ。これならば「どのようであるか?」という質問に「なかなかグッドだぜ!」と必要充分に返答しており、かつ非常にナチュラルな返答なのだ。もちろん一言で「fine」とか「good」とか言っても構わんが、一言スパッと言って終わりではかえって間が悪い。ここは一発アメリケーンな余裕スマイルを浮かべながら 「プリティグー」(”リ”と”グ”に軽く気合を入れる) と答えてみるのだ。これで会話がナチュラルに途切れないぞ。まるで「もうかりまっか」と聞かれたときに「ぼちぼちでんな」と答えるかのようなナチュラルさ加減だ。一気に君のアメリケーン指数が上がることウケアイだ!!
さぁ、次に気の許せる友人に会ったときには「What's up?」と話し掛けて、怪訝な顔をする彼/彼女に「あ、ごっめーん。今ちょっと英会話にハマっちゃってたもんだからさー。」と冗談めかしてアメリケーン指数の上がった自分をさりげなくアピールしてみよう! 飲み屋でふと隣り合ったゲージンがいたのなら、さりげなく「how are you doing?」と話し掛け、後は適当に聞き流してあしらいながら、飲み仲間にはコミュニケーション能力の違いを見せつけるのだ!!(ただし、仲間がみんな英語苦手だったら、だけどネ) ではまた次回、諸君の健闘を祈る。 |